アンサンブルTX、栗林@テナーです。Ensemble TXサクソフォンコンサートへのご来場、ありがとうございました。当日のプログラム冊子に掲載した曲目解説を公開いたします。
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ロベール・クレリス「かくれんぼ」
Robert Clérisse “Cache-Cache”
ソプラノからバリトンまで4種類のサックスを使用した、”サクソフォン四重奏”という室内楽ジャンルは、サクソフォン奏者のマルセル・ミュール(1901 - 2001)の働きによって、1920年代半ばにフランスで生まれました。四重奏団を組織したミュールは、同郷の作曲家たちに、この新しい編成のための作品を数多く委嘱しました。その中の一人、普段からミュールと親交があったロベール・クレリス(1899 – 1973)は、依頼を受けると間もなく、「かくれんぼ」と呼ばれるお洒落な小品を完成させたのです。
フランスのサクソフォン史上、もっとも最初期に書かれた四重奏曲の一つということになりますが、サクソフォンの機動性やダイナミクスの広さを存分に駆使しながら、子供たちが戯れる様子を表現した筆致は、見事というほかありません。
(楽譜:Alphonse Leduc)
フェレール・フェラン「ソナティナ:パールサックス」
Ferrer Ferran “Sonatina ~Parsax~”
フェレール・フェラン(1966 – )はスペインのヴァレンシアに生まれた作曲家・指揮者。日本国内では、「キリストの受難」などの吹奏楽曲によって注目を集め、一躍売れっ子作曲家の仲間入りを果たしました。サクソフォンのための作品も数多く手がけ、およそ一年に一作品のペースで魅力的な作品を発表し続けています。
「パールサックス」は、スペインのサクソフォン奏者Antonio PérezとVicente Pérezによって結成されたデュオ、その名もDúo Parsaxのために書かれ、1997年に世界サクソフォーン・コングレスで初演されました。レパートリーが少ないサクソフォン・デュオの中にあって、ジャズを題材とした強烈なインパクトを持つ作品であるためでしょうか、近年、日本での演奏機会がますます増えているようです。
(楽譜:Editions Comble)
長生淳「天頂の恋」
Jun Nagao “Lovers on the Celestial Sphere”
長生淳(1964 – )とサクソフォンは、文字通り切っても切れない関係にあると言えるのではないでしょうか。トルヴェール・クヮルテットの面々に数々の作品を提供し、時にはメンバーのキャパシティをも超える高度なテクニックを、楽譜の中で要求するほどであるとのことです。良く知られたクラシックのメロディを改変しつつ、ジャズやロックの要素をふんだんに取り込んだサウンドは実に新鮮。アマチュア奏者の間でも人気が高い作曲家の一人です。
「天頂の恋」は、織姫(ソプラノ)と彦星(テナー)による一年に一度の恋をテーマにした、長生淳のオリジナル楽曲。全体は間断なく演奏され、時に甘く、時に情熱的な曲想を交えながら音楽が進行してゆきます。2本のサクソフォンとピアノでのやりとりのなかに、物語風の構成を聴き取ることができることでしょう。
(楽譜:全音楽譜出版社)
マイケル・トーク「ジュライ」
Michael Torke “July”
マイケル・トーク(1961 – )はウィスコンシン州に生まれ、イーストマン音楽学校とイェール大学に学んだアメリカの作曲家です。しかしサクソフォンの世界でトークと言えば、アポロ四重奏団に献呈された「July」がすぐさま思い出されるほどに、イギリスのサクソフォン界にもゆかりの深い作曲家です。
この作品は、ポップ・ミュージックのリズムパターンを音程に置き換えるという作曲法によって作られています。リズムパターンの繰り返しがそのまま音程として置き換えられ、ミニマル・ミュージックのようなスタイルを取っています。16分音符をベースしながら起伏の多段階層が構築され、今までのサクソフォン作品とは一線を画すサウンドが新鮮です。
この曲の不思議な響きから感じ取ることのできるイメージが、「七月の日中に感じられる夏の暑さと、夕暮れどきに吹く涼しい風の対比を想起させる」ことから、「ジュライ」の名が与えられたのだそうです。
(楽譜:Boosey & Hawkes)
アストル・ピアソラ/啼鵬「ブエノスアイレスの四季」
Astor Piazzolla / Tejo “Cuatro Estaciones Porteñas”
タンゴの革命児とも、破壊者とも呼ばれたアストル・ピアソラ。(1921 – 1992)。伝統的なタンゴにクラシック、ジャズ、現代音楽の手法を取り入れ、踊るための音楽を聴くための音楽へと昇華させました。さらに、バンドネオン演奏家として自身のタンゴ・バンドを組織し、タンゴを世界に広めた功績は誰もが認めるところでしょう。
「ブエノスアイレスの四季」は、まとめて並び称されることも多い作品ですが、実際のところ各作品は独立しています。最初1964年に「夏」が作曲され、1969年に「秋」、次いで1970年に「春」と「冬」が完成しました。ピアソラ自身も、「四季」を通して演奏したことは少なかったと言われています。
全編を通して、激しいメロディや物悲しいメロディが随所に聴かれますが、それはまるでブエノスアイレスの気候の厳しさを表しているかのようです。そして、「冬」の最後に奏でられる美しい旋律は、来るべき春を予感させます。
・ブエノスアイレスの春 Primavera Porteña
・ブエノスアイレスの夏 Verano Porteño
・ブエノスアイレスの秋 Otoño Porteño
・ブエノスアイレスの冬 Invierno Porteño
日本におけるピアソラのブームは、チェリストであるヨーヨー・マのアルバム「Soul of the Tango」から始まったとされています。しかし、ブームが始まるよりも前から、一部のクラシック・サクソフォン奏者の間に、ピアソラの音楽を取り上げる動きがあったことは確かです。クラシックの厳格さを持ちながらも、変幻自在なサクソフォンの音色は、まさにタンゴの音楽性にぴったりと当てはまるのです。
本日演奏するサクソフォン四重奏とピアノのための版は、作編曲家・マルチプレイヤーの啼鵬氏によって手がけられました。日本を代表する四重奏団の一つ、トルヴェール・クヮルテットとピアノの小柳美奈子氏のために書かれ、コンサートで取り上げられたほか、CDにも録音された、人気の高い楽曲の一つです。
(楽譜:編曲者からのレンタル譜)